オーケストラの生演奏を!

 この学校で、何よりも困り果てていたのは、2年生の授業でした。それも、生徒会長率いるツッパリ4人衆がいるクラス。どうやって「音楽」に引き入れていったらいいものか、悩み続けていました。

 そんな時、東京のプロのオーケストラ演奏会のポスターが、手元に届きました。
(これだ!彼らに生演奏を聴かせてみよう! きっと何かを感じてくれるはずっ!)早速、彼らに声をかけてみました。
 ところが「はーん? 何言ってる?! そんなの行かないぜっ!」 「行くわけないっ! アホくさ!」などと、全く聞く耳持たずの状態でした。それでもしつこくしがみつき、結局、演奏会後に、ラーメンをおごるという約束で、話がつきました。
チケット5枚分、ラーメン代……。そんな金額に気を取られる余裕などなく、必死の説得でした。

 演奏会当日、4人衆は約束の時間に、校門前にやって来ました。知人に借りた車に、彼ら4人を乗せ会場へ。メインの演奏曲目は、あの有名なドヴォルザーク作曲「新世界」。
静まり返る会場に、響き渡るオーケストラの音。チラリと目をやると、スヤスヤ眠りの中。
(うーむ、ダメだったかぁ。この音色、この迫力、彼らには入っていかないかぁ…)

 演奏会後、約束通り、ラーメン屋へ。その途中の車中で、一人がポロっと、「チーンってなってたなぁ」
ん?、???「あっ、そ、そ。あれは、トライアングルっていう楽器なんだよ」
(そっかあ、そこかぁ。たった一箇所の響き。彼らなりに聴いてたんだぁ) 

黙々とラーメンをすする4人衆。その後、一人一人、最寄りの所まで送り届けどける。
降り際に、弁の立つT男が、「ヨシッ!あんたのやる気は分かった。でも、俺達にも立場があるから、そうすんなりと授業を受けるわけにはいかない。だから、態度は変えない。でも、邪魔はしない。だから、授業は頑張れ!」 「………」

 それ以後、朝、校門を通り抜ける私の車への怒号は、なくなりました。授業には、遅れずにやって来ました。でも教具なしの手ぶらで。野次ることなく、黙って座っていました。でも、一切歌わず、活動せず、でしたが。

 2ヶ月余りで、やれたことは、ここまででした。彼らそれぞれの内面に、深く入りこむこともできず、音楽活動を促すこともできず、3月の修了式で、別れました。